多様性ついての理解

今、再び多様性について考える機会が増えてますが、多様性と言われて何となく分かってるが根本的に何なのか理解している人は少ないと思っているので、それについて書いていきます。

 

まず、多様性が何故理解されず、少数派の弱い立場の人が差別を受けてしまうのかというと、多様性は他人事ではなく自分事として考えることで理解が深まるからである。

自分の場合は、常識にのまれない性格なので立派な大人の自分は存在せずに女性、男性、赤ちゃん、大人などの自分が存在していることを知っている。要するに生物的に存在しているありのままを受け入れるということ。

なので、多様性について理解ができ受け入れることができ、信頼できる人には表現することもできる。

 

では、どうすれば多様性の理解が進むのか自分なりに考えると、やはり立場が上の人が下の人に常識を植え付けず自由に自分を表現してもいいよということを教えたり、上の人が表現することで、多様性を受け入れる環境ができあがっていくと思う。

子供によっても、それは気持ち悪いやそれはカッコいいなどと考え方にばらつきがある時点で問題だと思っている。なぜなら子供はそのときの価値観のまま大人になるからである。当然ながら大人になった瞬間人が変わるわけがないからである。また、人によってのバラツキがあるのは問題ないが、気持ち悪いなどの差別に繋がるとポイントを無くさないといけない。

 

どこを変えれば差別が減るというと、学校、家庭での子供への教育しかないと思う。

その中で多様性について理解の深い人が増えることによって、そういう人の発言が徐々に日本の空気感を変えていくからだ。

今、常識に凝り固まった大人を変えるのは、ほぼ不可能だからである。

実際に50代の人に意見を言えば分かると思うが、自分を否定したと勘違いし相手を嫌うのである。

そんな未熟な人で溢れた日本では今すぐどうこうなる問題ではない。

 

最後に

多様性について分かったつもりで色々と発信したとしても、自分の表現は何も変わらず変化はないので、根本的に理解することで、表現が変わり、より良い人間社会になると思ってます。

その表現を皆が受け入れることのできる社会になるといいですね。